湾岸アラブ諸国の人口動向

アッサラーム85号掲載(イスラミックセンタージャパン刊行)

2001年5月 

林玲子

1 はじめに
 1998年の時点では、世界人口59億人の5分の1にあたる13億人がイスラムを宗教としており、そのうち2.7億人がアラブ人である。ここでいうアラブ人とは、アラブ連盟に加盟している全22ヶ国の人口としているが、そのうち湾岸協力理事会(GCC)6カ国、つまりサウディアラビア・クウェイト・バハレーン・カタル・アラブ首長国連邦・オマーンの人口は、2,867万人(国連ESCWA、1998年)であり、アラブ諸国全体人口の10%にあたる。
人口学的には、国の発展に応じて「人口転換」が起こるとされている。「発展」以前、多くの子供が生まれ、多くの子供や大人が死ぬ、つまり高い出生率と高い死亡率であったものが、生活水準の向上にしたがって死亡率が下がり、その結果人口が増え、その後出生率が下がることから最終的には低い出生率、低い死亡率となり、一定した「静止人口」に至る、というものである。
 現在人口増加率は世界各国で低減しつつあり、この人口転換は大部分の国において当てはまっているものの、湾岸諸国では70年代の石油価格高騰により生活水準が大幅に向上したものの、当時の出生率は低下するどころか増加しているといったような点で、通常と異なる人口動向を示している。
 また、湾岸諸国は外国人の割合が人口の30%から70%に及び、世界のどこにも見られない非常に高い割合である。
 これらの特異な状況を持つ湾岸アラブ諸国人口の現状を把握することは、発展途上国と先進国、という二元的な見方を超えた、新たな視点を提供するであろう。

2 人口概況
 それでは、湾岸諸国6カ国人口2,867万人の内訳は、どのようになっているのだろうか?
 まず国別に見ると、サウディ・アラビアがその7割を占め、UAE、オマーン、クウェートが8-9%程度、バハレーン、カタールがそれぞれ2%となっている。

図 1 湾岸諸国の人口−各国割合(1998年: 国連ESCWAデータ)

 各国の基本情報は、表 1に示す通りである。人口密度はバハレーンが最高の885.1人/km2、最低がオマーンの7.7人/km2となっている。一人あたりGNPはオマーン4,940US$からクウェイト20,190US$とばらつきがあるものの、中・高所得国である。
 またオマーン以外は今世紀内に建国されており、国家体制という観点から見れば若い国である。
 国勢調査は、クウェイト、バハレーンでは早くから行われているものの、その他の国では回数が少ない、公表されていないといった点が指摘されている(脚注1)

表 1 各国基本事項

クウェイト

バハレーン

カタル

アラブ首長国連邦

サウディ・アラビア

オマーン

合計

人口(a)

2,265,515

625,783

546,784

2,662,983

20,174,045

2,397,112

28,672,222

国土面積(km2

17,818

707

11,427

83,600

2,150,000

310,000

2,573,552

人口密度(人口/km2

127.1

8585.1

47.9

31.9

9.4

7.7

11.1

一人あたりGNP(US$) (b)

20,190

8,640

11,340

18,240

7,150

4,940

建国年

1961

1971

1971

1971

1932

1650

国勢調査実行年

1957,61,65
70,75,80
85,95,2005

1941,50,59
65,71,81

1970,86

1968,71,75
80,85,95

1962/63,74
77,92

1993,(2003)

(a) United Nations Economic and Social Commission for Western Asia, 1998
(b) UNICEF1999

3 激しい人口増加
 湾岸諸国全体の人口は、1980年から1998年にかけて自国民も外国人も大きく上昇している(図 2)。

図 2 湾岸諸国全体の人口増加(1980-1998)
* 国連ESCWAデータより作成

 ただし、1992年から1998年にかけて、人口増加のスピードは落ちてきているようにも見える。
 湾岸人口の7割はサウディ・アラビア人口であるため、この湾岸諸国全体の人口動向は、サウディ・アラビアの人口動向を大きく反映したものとなっている。
 図 3は、1961年建国以来のクウェイトの人口推移である。建国以来、クウェート人、非クウェート人とも大きく増加し、特に1975年より、石油価格上昇により労働力が必要とされたことから、非クウェイト人の伸びが著しい。また、1961年でも、クウェイト人と非クウェイト人は、ほぼ16万人ずつであり、建国以来多民族国家であったことがわかる。1990-91年のイラクによるクウェイト侵攻のため、1992年の人口は外国人が大きく減り、その結果クウェイト全体の人口も減っているが、逆にクウェイト人はわずかながら増加している。

図 3 クウェートの人口推移 1961-1998

* 1960-1985はクウェイト中央統計局、1986-1998は国連ESCWAより作成

4 出生率の動向
 WHOのデータ(表 2)によれば、湾岸諸国では1978年から1998年の20年間に、合計特殊出生率(女性一人が生涯に産む子供数、つまり平均的な夫婦の子供数)は大きく減少している。1978年では世界の平均が3.9のところ、サウディ・アラビアでは7.3人、湾岸諸国で一番低いバハレーンでも5.2人と、世界でも有数の多産国であったが、1998年ではバハレーン、クウェイトが、世界の平均に近い2.9人になり、急激に減少していることがわかる。サウディ・アラビア、オマーンでは依然5.8〜5.9と高いレベルであり、その他4ヶ国と異なっている。

表 2 湾岸諸国の合計特殊出生率(1978-1998)

バハレーン

クウェイト

アラブ首長国連邦

カタル

サウディ・アラビア

オマーン

世界

1978

5.2

5.9

5.7

6.1

7.3

7.2

3.9

1998

2.9

2.9

3.4

3.7

5.8

5.9

2.7

*出典:WHO

 これらの値は、自国民・外国人を合わせた数字である。湾岸諸国における外国人の構成は当初アラブ人中心であったが、後にインド人などを含めたアジア人が増加した。そのため「外国人」と一口に言っても、その出生率の内容は異なることになる。そこで自国民について出生率を観察してみると、図 4に示すよう、自国民の出生率は、年々下がってきていることが分かる。しかし、1996年から1998年にかけて、カタル、クウェイト、アラブ首長国連邦で再び上昇している。

図 4 湾岸諸国各国の合計特殊出生率の推移

* 国連ESCWAデータより作成

 これら出生率が上がった3ヶ国について年齢別出生率を観察すると(図 5)、クウェイトでは全年齢層で出生率が上昇、カタルでは30歳以上の出生率が上昇、アラブ首長国連邦では逆に低年齢(15-24歳)の出生率が上昇している。

図 5 カタル・クウェイト・アラブ首長国連邦の年齢別出生率の推移(1992-1996-1998)
* 国連ESCWAデータより作成

 これら3ヶ国の出生率の上昇について上記のデータだけでは判断できないが、出生率向上の政策がとられていることも理由の一つとして考えられよう。
 1990-1991年のイラクによるクウェイト侵攻は、外国人が過半数を占める国家体制が不安定であることを露呈した。その結果、一時的な外国人の出国を促し、また長期的政策として自国民を増やす政策がとられている。
 クウェイトにおける出生・及び育児振興策として、@子供一人あたり月額50クウェイト・ディナール(=約2万円)という高い育児手当、A出産後2ヶ月の給与全額保障、その後4ヶ月の半額保障が規定された育児休暇、B政府による大学・大学院レベルまでを含めた教育費及び医療費の完全負担、その他、食費・光熱費・住居費などの政府補助、Cクウェイト人の雇用の自動的な確保、D政府による年金保障、等があげられる。また、非常に安い賃金で雇うことの出来る外国人メイドが存在し、育児労働もクウェイト人にとってはかなり軽減されている。

5 死亡率の低下と人口転換
 近年の医療水準の向上に伴って死亡率が低下し、平均寿命は、ほぼ70〜75歳と湾岸諸国六ヶ国で大きな違いは見られないが、その経緯は各国で若干異なっている。
 図 6は、各国の自国民の平均寿命と合計特殊出生率の推移を示しているが、平均寿命について、クウェイト、バハレーンは1970年代からすでに60〜70歳代であったのに比べ、サウディ・アラビア・オマーンでは同時期に40歳代であった。カタル、アラブ首長国連邦は、データのばらつきが大きいが、1980年代に入ると60歳代となり、オマーン・サウディ・アラビアのがそのレベルに達するのは1990年代である。

図 6 湾岸諸国の平均寿命と出生率の推移

* 国連ESCWAデータより作成

 いずれにせよ、この平均寿命の伸びを出生率の低下と比べると、いずれの国も、平均寿命が延びるにつれて出生率が低下していることが分かり、湾岸諸国でも「人口転換」が、起こっているということができる。ただし、平均寿命は世界レベルの高水準に至っているにも関わらず、合計特殊出生率は3〜6と高く、他の欧米諸国及び日本のレベル(1.3〜2.0)まで出生率が低下するか、このまま「湾岸諸国」的なレベルに止まるのか、興味深いところである。

6 高い外国人比率
 湾岸諸国全体では、外国人の割合は37%であり、この数字は世界的に見て非常に高いといえる。日本の外国人割合は総人口の1.2% (脚注3) 、欧米ではフランスが6.8%(脚注4)、西ドイツが7.3%(脚注4)、移民の国といわれるアメリカ合衆国は国籍取得以前の移民についての制限が厳しいこともあり、移民の住民に対する割合はわずか0.3% (脚注5)である。
 各国別に外国人の割合を観察すると(図 7)、アラブ首長国連邦、カタルでは外国人の割合は70%台と非常に高く、カタルは近年若干の減少傾向があるものの、アラブ首長国連邦は1992年から上昇しつづけている。
 クウェイトは、前述の通り、イラクによるクウェイト侵攻の後、急激に外国人比率が減少しているが、1996年以来再び上昇し、以前より外国人比率が多くなっている。
 オマーン、サウディ・アラビアは、湾岸諸国の中では外国人の比率が低く、90年代に入ってからは20%台に留まっている。特にサウディ・アラビアについては自国民の雇用確保という観点から外国人の流入を調節しているという一面もある。ただし、サウディ・アラビアの人口が大きいことから、湾岸諸国の外国人の54%はサウディ・アラビアに居住しており、大きな外国人受け入れ国であることに違いはない。

図 7 湾岸諸国の外国人比率

* 国連ESCWAデータより作成

 湾岸諸国の外国人は、当初はエジプト人、ヨルダン人、イエメン人、パレスチナ人といったアラブ人が大多数を占めていた。前述のようにクウェイトの建国時には外国人が半数を占めており、今世紀に入ってから建国された湾岸諸国は、いわゆるヨーロッパ的な「国民国家」という成り立ちではないことから、国境を超えて、特にアラブ域内で盛んな人的交流が元来おこなわれていたことが知られている。
 ところが、1973年の石油価格高騰以来、社会インフラ整備のために多くの労働力が必要となり、アラブ人だけでは不足するようになった。そのためパキスタン人、インド人、スリランカ人といったアジア系が増加し、この労働力の重要に応じて、送り出し側国で組織的に労働者を派遣する「ブローカー」業が発展した結果(脚注6)、湾岸諸国における外国人労働力のアジア人化を促進することとなった。表 3に示すよう、カタル・バハレーン・アラブ首長国連邦・オマーンでは1975年からすでにアジア人の割合が過半数を超え、その割合が低いクウェイト・サウディ・アラビアにおいても80年には上昇している。

表 3 湾岸諸国における外国人労働者の国籍別割合

バハレーン

クウェイト

オマーン

カタル

サウディ・アラビア

アラブ首長国連邦

1975

1980

1975

1980

1975

1980

1975

1980

1975

1980

1975

1980

アラブ人

21%

13%

69%

64%

12%

12%

28%

25%

90%

80%

25%

22%

アジア人

63%

77%

30%

34%

84%

83%

71%

73%

6%

16%

73%

75%

その他

15%

10%

1%

1%

4%

4%

1%

2%

3%

4%

2%

3%

合計

100%

100%

100%

100%

100%

100%

100%

100%

100%

100%

100%

100%

*「国際人口移動に関する統計資料」人口問題研究所、1991年より作成

 また、データの得られるクウェイトについてさらに近年の動向を観察すると(図 8)、1980年以降アラブ人外国人が減ってきている代わりにアジア人が大きく増加しており、1997年には外国人全体が増加しているにもかかわらず、アラブ人は減少し、アジア人が大きく増加している。

図 8 クウェイトにおける外国人の国籍別推移

*Population Spatial Distribution, UN-ESCWA, November 1993およびクウェイト中央統計局データより作成

 近年、クウェート人の職業は、サービスや生産労働者の割合が減って、専門・技術職・事務職が増えており、これまで外国人が行っていた高度な技術を必要とする職業が、高い人口増加率と教育水準の向上によりクウェート人により行われるようになった。それに伴い、生産労働などに従事するアジア人化が進み、自国民労働者と外国人労働者はそれぞれ職業を棲み別けた、「共生」の関係が生まれているともいわれる(脚注6)

 国家のあり方を考える上で、これら湾岸諸国の外国人の動向は貴重な洞察を与えてくれるであろう。


−脚注−

1."A System for collecting vital statistics in Gulf Cooperation Council countries", Mustafa al-Shalkani, Population Bulletin of ESCWA, pp.43-, Number35/36/37, 1989/90
2."Patterns of Desired Fertility and Contraceptive Use in Kuwait", Nasra M. Shah, Makhdoom A. Shah and Zoran Radovanovic, Family Planning Perspectives, Volume 24, No. 3, August 1998
3.日本国における外国人登録人数1,512,116人を当該年の人口で割って求めたもの。
4.「国際人口移動に関する統計資料−世界と日本の動向」人口問題研究所、1991年
5.Resident Population(267,744,000人:1997年)に対するImmigrant Population(798,378人:1997年)
6.「中東における国際労働力移動」、吉田良生、「統計」1998年49-3, pp.14-20


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